桜の花びらをじっと見つめながら何かを話す彼女の映像を頭の中で見ていた。
「春になんでそんなふうに思うの?」
「君が思う春を僕は知らないけれど、僕はどんな季節であっても僕のままだと思うよ。」
彼女は桜の花びらから目を逸らさない。
「春ってねぇ、素敵でしょ?言葉の響きも空気感も。そう思わない?」
僕の目をじっと見つめながら彼女は訊く。
映像は終わり、僕は机の上にあるノートによだれがついていることに気づいた。
顔を上げると、誰もいない教室に僕だけがいた。
自転車を漕いで家に帰る途中にある大きな岩が、存在感を放ちながら僕を横目に見ている。
僕は彼女と過ごした日々をほとんど覚えていない。
岩の前で待ち合わせをした日々も、
綺麗な桜も、
穏やかな夏の海も、
踏みしめた楓の並木道も、
シンシンと降る雪の音が僕らを温めてくれたことも。
「覚えているってことが酷く抽象的で、
知っているということが酷く無責任とは思わない?」
彼女は何度も思考を重ねていたんだろうな。
賢さなんてただの記号みたいなもので、
彼女の言葉一つ一つに僕は愛おしさを重ねていったんだ。
好きだったんだ。
彼女のことが。