とりとめのないはなし。

rest 3

桜の花びらをじっと見つめながら何かを話す彼女の映像を頭の中で見ていた。

 

「春になんでそんなふうに思うの?」

「君が思う春を僕は知らないけれど、僕はどんな季節であっても僕のままだと思うよ。」

 

彼女は桜の花びらから目を逸らさない。

 

「春ってねぇ、素敵でしょ?言葉の響きも空気感も。そう思わない?」

 

僕の目をじっと見つめながら彼女は訊く。

 

映像は終わり、僕は机の上にあるノートによだれがついていることに気づいた。

顔を上げると、誰もいない教室に僕だけがいた。

自転車を漕いで家に帰る途中にある大きな岩が、存在感を放ちながら僕を横目に見ている。

 

僕は彼女と過ごした日々をほとんど覚えていない。

岩の前で待ち合わせをした日々も、

綺麗な桜も、

穏やかな夏の海も、

踏みしめた楓の並木道も、

シンシンと降る雪の音が僕らを温めてくれたことも。

 

「覚えているってことが酷く抽象的で、

知っているということが酷く無責任とは思わない?」

 

彼女は何度も思考を重ねていたんだろうな。

賢さなんてただの記号みたいなもので、

彼女の言葉一つ一つに僕は愛おしさを重ねていったんだ。

好きだったんだ。

彼女のことが。

 

 

rest 2

「やれやれ。」

どこかの誰かがそう呟いて、

賛同する人もいて、反応しない人もいる。

登場人物たちに対して感謝を述べる人もいれば、自分が作ったものに興味を示さない人もいる。

愛された人間にしか愛される人間像が輪郭と中身を伴ったまま生み出せないのであれば、そういう物語が出来て然るべきだ。

 

 

 

 

「カラー交差点」を右に曲がって、二番目の横道に入って突き当たりを右に曲がるんですよ。

そこに占い師のロゼンさんがいるんです。

「カラー交差点」がこの町で有名な交差点である理由は、信号の色に道路が変化するからだ。

進行方向が青になれば行く景色は青になる。

ロゼンさんは僕の叔父だ。

占い自体が訪れる目的ではなく、届け物を父親から預かっているからだ。

僕がロゼンさんのいるアパートに着いたとき、呼び鈴を鳴らしてもいなかったので、僕はドアノブに届け物を引っ掛けた。

もちろん、ロゼンさんに連絡した。

応答はなかった。

 

さて、昨日の僕と今日のロゼンさんは全く関わる予定もなかったはずだ。

そして、今日の僕と昨日のロゼンさんも同様だ。

 

時間は一方通行だ。僕が言葉を話すとき、未来の僕には聞こえるはずだ。

 

話を始めよう。

彼女の声が僕の中に留まっているうちに、僕は彼女に会いに行こうとした。

会うこと自体は簡単だ。

彼女はいつも同じ場所にいる。

僕はふらふらと道を彷徨っているだけだ。

 

 

rest 1

時間軸を辿ってみれば今の僕がここにいることにほんの少しの違和感がある。

ほんの少しというのは、料理の調理工程にある

「塩を少々。」ぐらいのものなんだけれど。

 

彼女が僕の前に現れた、いや、僕らが出逢った時に僕らはお互いを認識するべき数々の出来事を思い起こしたようだ。

つまり、僕らには僕らが出逢う前のいくつかの断片的な記憶が残っていた、ということだ。

 

えぇと、そうだなぁ、前世か何かの記憶が残っていたとか、そういう話じゃなくて、比較的新しい、新しいとは言っても十数年間の間に刻まれた少し傷跡が残っているくらいのものなんだけれど、

僕らはその日が初めての出会いではないと、僕はそう認識したってことだ。

 

僕が自転車を漕いで、ひたすら漕いでいた時に

偶然辿り着いた河川敷にはサッカーをしている少年たちがいて、僕はひたすら自転車を漕いだ。

 

別に目的地なんてないが無性に体を動かしたくなったのは、どこかで何かがあれば思ったからだ。

 

こんな抽象的なことは人間の動機としては不十分で、でも当時の僕にとっては大切なことだったかもしれなかった。

 

LE

春が始まる頃に来年の冬を見るために今年を生き抜こうと誓うことが彼女から教わった最後の言葉だ。

 

僕が彼女のおかげで生きてこられたのは言葉があったから。

伝えあって、心を探り合いながら日々を積み重ねてきたからだ。

 

秋の終わりに紅葉の葉で覆い尽くされたあの公園を横目に冬を待ち望んでいた彼女は遠くへ向かった。

 

「春には魔法があるの。人の心を上下左右に激しく揺らしたり、自分でもびっくりするぐらい穏やかな気持ちで桜を眺めたり、大好きな人の傍にいれることが本当に幸せなんだってことを教えてくれるの。」

 

僕は深く沈む。積雪に足を取られるように。

過ぎていった言葉そのものが思い出になって僕に当時の僕を見せつけてくる。

 

あの夏を僕はどう過ごしたのかを思い出している。

そして夏が春に最も遠い季節だと思えたことが冬に近づいている証だと僕は思った。

 

夏には魅力がある。

その頃彼女は会話をすることが出来なくなっていた。

僕はその夏に僕の人生が詰まっていると今でも思っている。

 

音楽が小説が僕をここまで導いてきたように彼女との思い出が僕の生きた証そのものだ。

春を行くあなたへ。

深く思い出を刻み込んだ彼は前を向いて歩いていった。

彼が一歩ずつ、あるいは半歩ずつ、あるいは4分の一歩ずつ日々を過ごしてきたなかで、堆積していった感情はもはや僕には理解できないものだ。

僕が自転車に乗ってあの公園に行くと、彼は遅いぞ、と言う。

 

僕が生まれる前に起きたことを僕は知らない。

だから学ぶということが出来る。

僕が死んだ後のことなんて何も分からない。

だから僕は今を生きていられる。

 

これは僕の記録で彼の軌跡で、彼女の言葉だ。

 

春を行くあなたへ。

 

辛いことはあります。

苦しいこともあります。

死にたくなります。

誰かを殺したいほど憎むかもしれません。

生きることが不思議に思うでしょう。

なぜこんな思いをしなければならないのか。

なぜ自分は生きているのか。

なぜどいつもこいつも自分のことを見てくれないのか。

なぜ誰も助けようとしてくれないのか。

なぜ自分は死ななかったのか。

 

生きているから。生きていることに真面目になって真摯になって、直向きになって、実直になって、虚しくなる。

 

悲しくなったら僕を見て、

苦しくなったら思い出を見て、

死にたくなったら花と空を見て、

生きようと思えたならあなたの勝ちだ。

 

 

悲哀

こんなに悲しいことはもうないと思っていた。

僕が生まれる前からその漫画は家の本棚にあった。

人生で初めて読んだ漫画がそれだった。

 

wowakaさんが亡くなったときも散々泣いた。

全然言葉なんか役に立たないんだ。本当に。

とても大きな感情に迫られたらどうにも身動きが出来ない。

 

今文章を書こうとしているけれど、どれもこれも中途半端に離散していっている気がする。

 

ただ、僕は懸命に生きなきゃダメだ。

死ぬまで生きると何度も言う。

偉大な思い出が僕に言っている。

死ぬ前にたくさん書こう。